逸失利益等の算定に係る蓋然性の用語を正しく理解!

本項では、交通事故によって発生した逸失利益等の算定の際の文章に出てくる「蓋然性(がいぜんせい)」について記載します。

蓋然性に似たような言葉として、可能性があります。

この可能性と蓋然性の異同について説明します。

例えば、以下の文章を見てください。

「交通事故による逸失利益の算定において、原則として、幼児、生徒、学生の場合、専業主婦の場合、及び、比較的若年の被害者で生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金程度の収入を得られる『蓋然性』が認められる場合については、基礎収入を全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金によることとし、それ以外の者の場合については、事故前の実収入額によることとする。」(交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言)より引用

私たちは一般的な日常生活では、可能性と蓋然性を混同していますが、「  」の文章では可能性という言葉は使用していません。

文法的には「可能」の対義語は「不可能」です。

可能性とはゼロか、それ以外です。

例えば0から100までの数値に置き換えて考えてみましょう。

不可能がゼロだとすると、可能は1から100まであります。

不可能は目的を成就・遂行できないのだから、どこまで行ってもゼロ(0)です。

可能は、初期達成1から完全達成100までバラツキがあります。

このように、成就する変数(パラメーター)にバラツキがあるような場合においては、先の例文のようなケースでは可能性という用語は使用しません。

これに対し、「蓋然性」の説明を行います。蓋然性とは、将来、高い確率で物事が成就する事例がある場合に使用されます。

例えば上記のような文章では、諸条件のもとに目標達成の見込みが極めて高いことから「蓋然性が認められる。」という使い方になります。

「蓋然」について対義語として、「不蓋然」とは言いません。

そもそも高い確率が視野に入っているからです

可能性と蓋然性を使用した例文を以下のように作成してみました。

『今後500年の間に地球が氷河期に入る可能性はある、しかし、その蓋然性は認められない。』

つまり、今後500年間に地球が氷河期に入る見込は全くないわけではありません。しかし、その確率は全く無視して良いほど低いので蓋然性は認められないのです。

とは言っても世間一般では、可能性も蓋然性も同様に使用していて、一般の方々にとっては「蓋然性(がいぜんせい)」という言葉は滅多に・あるいは全然使用しない用語だと思います。

よって、蓋然性という言葉が出てきたら、可能性に置き換えて使用・判断していただいても、大きな齟齬(そご)・間違いは生じないのかなとも思います。

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